届かぬ想いは、何処へゆくのか。

目の眩むような暑さに夏の訪れを感じずにはいられない。まだ六月だというのにこんな具合では、灼熱の太陽照りつける真夏に立ち向かえるだろうかと不安になる。そんなことを考えていると、にわか雨が降って一瞬にして草木が匂い立つ夕暮れ時。すぐに夜が来て、遠くからバイクのやってくる音が聞こえた。ガソリンの匂いがする。重低音が暗闇を引き裂く。匂いはますます濃くなって無遠慮に鼻にまとわりつく。永遠に続いてゆくかのような音と匂い。
昔、音楽を教えてくれた人がいた。彼女にずっと聴いていたい音楽は何かと問うたら「風」と言った。静かな夜に、風を聴く。風はいつだって形を変えて歌い続ける。

生まれ変わりを信じるか。この世の縁とは何なのか。何か理由が欲しいから、たった一度すれ違った人ですら、きっともっとずっと昔に、どこかですれ違った一人なんだろうと思う。哀しみは簡単に怒りへ変わるだろう。その怒りはお前のものか。誰のものだ。その感情は、他者への愛か、己への愛か。勘違いしてはならない。甘えてはならない。偽善などいらぬ。覚悟しなければ。

届かぬ想いは、何処へゆくのか。

脳みその汗が、滴り落ちたんだ。

静かに草木が呼吸している。まるで内緒話をしているようだ。闇はもっと濃くなって、この液晶画面はもっと光って、小さな虫たちが寄ってくる。夜が来た。
夜はどちらかと言えば好きではない、かもしれぬ。早起きの方が得意だ。父が昔から朝早く仕事に出掛けていた影響だろうか。遠くの方で玄関のドアが閉まる音が聞こえる紫紺色の朝。うっすらと目を開けて、また閉じて、また開ける。どこかで車はもう走り始めていて、時折天井にヘッドライトか何かが反射する。反射した影にはいくつかのリズムがあって、よくそれを目で追っていた。そうすると眠れなくなって、感覚が研ぎ澄まされてゆくのを感じる。静けさの中に生まれる音にびくついて、あるはずのない人の気配に怯えるような子供だった。

歌えない時期があった。相棒のギターを触るのも億劫で、次第に埃が積もっていった。ただ窓の外を眺めるばかりで動けない。空は青すぎて、空っぽだった。何の音もしない。いや、聞こえないはずの声ばかりが聞こえて、耳をふさいでもそれは鳴り続けた。寝ても覚めても、鳴り続けた。

歌を作ることはいつから始めただろうか。どうしても越えられない哀しみがあって、気付けばYAMAHAの初心者セットのギターを弾いていた。高校時代に家の近くの楽器屋さんで買った一番安いもので、始めてすぐに挫折したギターだった。選択の連続に、そんな等しく当たり前の日常に、どう呼吸していこうかと確かに戸惑っていた。「どんなに出会い、どんなに別れ、この心を身体を奪われたとて、あんたが創った作品だけは、あんたの一生の友達よ。誰も奪うことのできない、決してあんたを裏切らない、唯一無二の親友よ。」と誰かが言った。心底納得して、まるで頭を殴られたような気がした瞬間だった。すぐに歌を作った。息のできぬような別れの夜も、越えられぬような沈黙の朝も、歌を作った。

 

歌を作った。歌を歌った。涙が出た。歌を作った。完成した。涙が出た。私はよく泣くけれど、悲しくて泣いてるんじゃない。涙は脳みそから滴り落ちる汗だ。走って、走って、苦しくて、走って、走って、息が上がって嬉しくて、泣いてるんだ。生きてるから泣いているんだ。

脳みその汗が、滴り落ちたんだ。

土地に息衝く彼女について。

目が覚めて窓を開けたら、見慣れない花が咲いていた。青々とした木々の中で、一輪だけ凛としてこちらを向いている。昨日までそこに存在しなかった花だと思うけれど、私が気付いていなかっただけかもしれない。通りすがり、柴犬の散歩をする紳士が鼻歌を歌っている。初めて聴いた歌だった。
花は、昨夜から降り続いた雨の雫に身を包んでいて美しかった。それの名を私は知らない。突然に寝起きを目撃され驚いてしまってなんだか複雑な気持ちになったので、慌てて母にその花の名を尋ねた。それは「ノウゼンカズラ」という。彼女は慣れたように滑らかにその花の名を口にした。口の中で小さくオウム返ししてみても、私の舌は上手く回らなかった。
その名は昔から聞いたことがあった。‘聞いたこと’があっても‘知っている’わけではないことはたくさんある。‘知った気になっている’こともしばしば。「ノウゼンカズラ」もその一つで、その名を聞いて、目の前に咲くこの花を連想することは今までなかった。反省している。

昨夜夕食の際に点いていたテレビから流れた映像に、昔暮らしていた家の最寄駅が映っていた。そのまま流れる映像を見ていると、今度はその駅の近くにある坂道が話題になっていた。有名な怪談に出てくる女性がここを通ったという伝説があるらしい。私ももちろんその坂道を歩いたことがあった。
新しい土地を訪れた夜に、時たま夢を見る。夢は見た途端に忘れてしまうようなものだけれど、そういう時に見る夢は大抵覚えている。着物を着た女性が閉じ込められていたり、逃げようと苦しんだり、助けを求めている夢。新しい土地で眠った際に何度かその類の夢を見る経験があって、決まって自分のうなり声で飛び起きる。飛び起きた後はじっとりとした嫌な汗をかいていて、なんとも言えない焦燥感に襲われる。
あの坂道がその怪談と所縁があるとは知らなかったが、あの家で暮らし始めたころ、確かにはっきりと例の夢を見たことを思い出した。夢の内容は断片的で、出てきたのはその怪談の女性とはおそらく全く関係のない女性だろうし、さして気にすることでもないのだろうが、記憶の奥の方で点と点が繋がったかのような不思議な感覚がある昨夜の出来事だった。

‘ 土地 ’というのは何とも不思議な生き物である。私たちはその土地に流れ着き、場所を借りて生活をする。その土地には何百年も何千年も前から続く記憶が確かにあって、どんなに街が新しく作り変えられようと、どんなに人や家が移り変わろうと、その時代ごとに暮らし、根付いた人々の想いははっきりと残っている。たかが数十年前その土地がどのような場所であったのか知ろうとしなければ知ることはなく、数百年前のことなどますます知らぬまま、私たちはその地で生活を始め、そして続けることは往々にしてある。
おそらく何百年前にそこに生きた彼女たちは、どのような思いで生き抜いたのであろうか。そういう夢を見るたびに、少し悲しくなって、夢の中で出会った女性に思いを馳せる。

香りという記憶について。

雨の雫が庭の木々を揺らし叩く音を聞きながら眠っていた。この庭は植物好きの母のおかげで、一歩足を踏み入れると森に迷い込んだような感覚に陥る。よくこの面積にこれだけの植物が呼吸できるなあと感心するほどに、彼らはそれぞれがひしめき合い、譲り合い、静かに息をしている。
東京で暮らしていたころはベランダで風に揺れる洗濯物を眺めるのがとても好きで、よく洗濯をした。晴れの日には胸が躍る。時たま自分へのご褒美で、いつもより少し高価な柔軟剤を買ったりもした。洗濯物を干すときに洋服から良い香りがするのは、幸福な気持ちになる。袖を通すときも嬉しい。今思えば都会の窓越しに揺れる洗濯物を、この窓から見える木々と重ね合わせていたのかもしれない。

香りというのは不思議で、ふとした瞬間に様々な記憶を呼び起こす。すれ違いざま人肌の香りに、どきりと怯えることがある。記憶にこびりついた香りに、どこで仕入れてきたのか分からぬような嫌悪が蘇ったり、逆に懐かしみ恋しくなったりする。あの人の衣服の柔軟剤の香り、誰かの髪のシャンプーの香り、雨降り後の雑草の香り、夕暮れの路地裏でどこからか夕飯の香り。香りに思いがけず記憶を辿らされたとき、良くも悪くも脳みそがジュッと音を立てて苦くなる。香りに、胸をかき乱される。

目に見えるものしか信じられない人がいた。私は、目に見えないものを信じたかった。次第に呼吸が苦しくなって、もう一緒にはいられなくなってしまった。私は私を壊そうと躍起になっていたけれど、それはもう私ではなくて、とっくの昔に死んでしまっていたようだ。美しいと感じるものが違っていて、でも、その違いを信じたかった。同じものを美しいと感じられなくてもたまにはいいのではないか。私たちは違うからこそこの命ですれ違ったのに、次第に輪郭がぼやけてしまって、まるで溶け合ったかのような錯覚を起こしてしまったのかもしれない。別々の個体だからこそ、すれ違えたのに。

はるか遠くの記憶に、気付けば雨は止んでいた。
夢を見ていたのかもしれない。

脳みそ覗き部。と、綴る。

「綴る」ということは、いつだって気恥ずかしい。しかもそれを公にするということは、自分の脳みそを覗かれているようで、ますますなんともむず痒い。でも‘書きたい’という衝動はいつだってあって、そろそろ躊躇している間に死んでしまいそうなので、恥ずかしさはひとまず置いておいて書いてみることにした。

近頃、関西に暮らし始めた。もともと関西で生まれ呼吸した日々があって、どうしたって都に憧れる青春期があった。高校入試が終わったその日にレンタルDVDで見た映画「リリイ・シュシュのすべて」に衝撃を受け、田園風景に苦しむ若者たちの姿に、すっかりきっちり一週間落ち込んだ。
高校時代はなんとも灰色で、自宅の隣に広がる田んぼやら畑を例の映画の田園風景と重ねて、自転車で立ち漕ぎをして学校まで通った。道中は決まって椎名林檎とか宇多田ヒカルとかくるりとか、兄に教わった覚えたての音楽を爆音で聴いて、全速力で立ち漕ぎ。帰り道は大通り沿いをまた立ち漕ぎしつつ、大声で歌いながら曇り空を仰いでいた。車の音がうるさいので誰にも聴こえない自分の声が零れ落ちた。その繰り返し。今考えると違法な自転車の乗り方で危ない。そんな青春期があって、東京で何年か漂い、気付けばまた、故郷に流れ着いていた。

育った家で久しく生活していると、何故か、何度も思い出す記憶がある。幼き日に母と一緒に風呂に入ったあの日。ピンポイントで、あの日、が蘇る。夕暮れ時、父がまだ仕事から帰っていない時間で、窓からは真っ赤な夕陽が降り注いでいた。確か初夏の少し汗ばむ季節で、なぜ早めに風呂を済ませることになったのかは覚えていない。母は少しうきうきとしながら、早めにお風呂入っちゃおうかと私に提案する。なぜだか二人だけの秘密みたいで、私も嬉しくなって快諾した。その頃はまだ本当に幼かったから母と風呂に入ることなど何度もあったのに、他の日は思い出せず、あの日だけが思い出される。

今は窓辺でこの文章を書いていて、静かな夜だ。時折涼しい風が吹いて気持ちが良い。どこかの家から音楽が漏れている。さっきは星野源が流れていたのに今はどこの国の言葉かわからないラップが流れていて、東京の街で聴こえていた音楽たちがここでも聴こえる。大阪で奏でた音楽や言葉たちも、東京まで聞こえるだろうか。