戯れ言ひとつと、

風が柔らかく、優しくなって、ひとつ、また季節が変わったなあと言う実感。それ吹くたび草木揺れるが、以前の揺れ方とまた違う。
先日まで雨続きだった。激しいものであった。雨はどうしたものか、あまり好きになれぬ。まず、お天気にどうこうと左右されるのが良くない。良くないけれども、どうも。
やはり空は青い方がいい。さわさわと葉が揺れるのもいい。窓から木漏れ日が、限りなくちろちろ揺れるのも、またいい。

猫は小さな体で、よく外を眺めている。なんとなく猫の体臭が好きで、よく、猫に顔を埋めて深呼吸をする。体臭といっても、特になんの匂いもしない。小さな体は脈々とおなじリズムで脈打ち、なんとなく、生きているのだな、と、安心する。もふもふと体毛は柔らかく優しく、ただなんとなく、そこに居る。
近頃、なんとなく、というのがとても多い。なんとなく、というのはとても大事なことだなあと感ずる。そこにただ、流れる、というのか、居る、というのか、その自然さ、それは人工的なものではなく、あくまで自然。そういう‘なんとなく’という感覚は、宝石みたいなものだなあと。もしや秋だからあるのかも知れぬ。きっと秋だから、いつもより書くものにも句読点が多い気がする。足取りは今一度、ゆるりと。踏みしめて。それは、気温とか天気とか、風とか匂いとか、そういうものでどんどんと変化していく、とても繊細なもので、これこそ呼吸をしているようなもの。

‘間’というのは、とても大事なものよなあ。距離というのか、空気というのか。よくわかっていないものを知ったふりしてはいけないなあと、つくづく、人のふり見て思ふ。きっとまだまだ、何もわかっていない。死ぬまでわからぬものを、わかったような顔をして大手を振る人間にだけはならぬよう、それこそ気を引き締めて。痛みを馬鹿にしちゃあいけない。秋風のように優しく。

最近、旅をよくする。そんな私を見て、呼ばれてるんやね、と、母がぽつりと。え、と聞き返すと、「呼ばれてるんやわ、土地に。」と。
呼ばれてるんやわ。だってそんなとこ行ったことないやんあんた。でも行きたいんやろ。呼ばれてるんやわ。

猫が隣で眠り始めた。

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