父の足跡。

父の青春と学びの地に訪れたとき、私はその街について何も知らず、しかしどの道を歩けども歩けども、この今踏みしめるアスファルトは敷き直されど、並ぶ店々は変われど、きっと数十年前にあの青年もこの道を歩いていたのだろう、雨の日も、晴れの日も、歩いていたのだろうなどと考えると、心が騒がしくどうしようもない。

日が高いうちに父の母校を訪れ、よく分からぬまま父が学んだ校舎の前にひとりぼうと立つ。中に入る勇気は無いなぁとうろたえている頃、教員のような殿方が校舎から出ていらしたが、‘地質学科はどこですか’と尋ねるその一言が出てこず、そのままになってしまった。

安曇野にある美術館には、愛らしいベンチがある。そこは父母が新婚旅行で訪れた場所らしく、そのベンチを父は好きだと言った。同じ形のベンチが複数あるので、どのベンチに二人が座ったのだろうか、少しずつあちこちのベンチに座ってみたり凭れてみたりした。信州はもう涼しく、木の葉が所々赤くなっている。夕暮れ時だった。

宿への帰り道、暗闇の街を走るバスはまたあの大学の前を通って、校舎の窓からはまだ灯が漏れていて、かつての青年もこんな風だったのだろうかと思い馳せる。あの窓際に青年が居たのだろうと、バンカラ世代の名残を受け継いだ彼らを見たような気がして、ゆらゆらと揺れる車内でしきりに涙が流れた。我が故郷より少ない、でも確実に煌めく夜街に、帰る場所はきっと幾らでもあるのかも知れぬなどと甘ったれたことを思ったりした。しかしこの‘甘ったれ’は所謂それではなく、この土地はきっと、私の知らぬうちにこの身体の血肉となり、彼が過ごしたこの場所は、どこか優しい、そして厳しい場所なのだろうと、流れゆく景色は滲むばかりであった。

うどん啜りゃ、あたしゃ。

残酷なものよなぁ。

と、目の前でうどんすするサラリーマンがぽつり言うので、雨降る外眺める新橋、目逸らし、午前九時。

‘立ち食いうどん’にきっと初めて訪れたあたしゃ、うどん屋に訪れたことはあるけれども立ち食いうどんは初めて、で、朝からうどんを喰らいたいと思い歩む街で見つけたうどん屋の店内は、ピークを過ぎた静けさ寂しさ。あたしの後から入る殿方はスーツ姿で、慣れた手つきで朝定食を注文するのに、あたしゃなんだかんだと慣れん手つきで、店員の殿方との距離感もどことなくぎこちなく、かしわの天ぷらに笑われたなこりゃ。ほんなら君も食べたるわ。そいつも一緒に盆にのせのせ、煙の向こうに溶ける厨房のタイマー眺めてみたり。レジ担当の殿方も会計前に面倒くさそうな、この立ち食いうどん屋の勝手を分からぬまま朝から乗り込んできたあたしを目の前に、苦い顔して、それでも割り箸をぽんと器にのせてくれたさり気無い心遣いに、この心持ち直す単純さ。そうそう、あたしゃ割り箸もどこにあるか気付かんかったから。優しいなぁおっちゃん!と、やはり易々と持ち直すこの心の単純さをコメカミに引き摺ったまま、背の高い黒テーブルに歩み進める。

何を血迷ったか、例の後から入ってきたサラリーマンの鞄が置いてある目の前の席を陣取ってしまって、しまった、と思ったがもう手遅れ、ほかほかのうどん乗せた盆を持ったサラリーマンが戻ってきてしまった矢先、誰もさして気にしていないだろうに‘今ここで場所を変えるべきかあたし、嗚呼わざわざこんな、他に余るほど席があるのにここを選んでしまったあたし、朝一番の殿方の食事をストレスフルに仕上げてしまうかもしれぬこの眼前のあたし…’と、脳みそのあちこちから悲鳴が上がる30秒、ののち、結局席を変更できぬまま、いただきますと手を合わせる立ち食いうどん。

ちろちろと、どことなくお互いを見ないように、しかし盗み見ながらうどんをすする殿方とあたし、あたしゃ見てないよ、外は雨やねぇ、なーんて澄ました顔でうどんのつゆすすってたら、またかしわの天ぷらが笑てきたから腹立たしく、だまりんしゃいと一気に半分齧ったった。そうこうしてたら殿方はぽつりと、

残酷なものよなぁ。

と。

はっと殿方の顔覗けども、彼は変わらずうどんすするだけ。一体どこから聞こえたんやろかあの声は。そちらの方から確かに、物凄い説得力で迫り来るそいつ。時折殿方はあたしを見て、またあたしが殿方を見て、目が合う前に二人して外を見て。見知らぬ人とたまたま共に食す立ち食いうどんで、こんなに会話があるとは。感心しながらうどんのつゆを呷って、お椀越しにまた眺む。

戯れ言ひとつと、

風が柔らかく、優しくなって、ひとつ、また季節が変わったなあと言う実感。それ吹くたび草木揺れるが、以前の揺れ方とまた違う。
先日まで雨続きだった。激しいものであった。雨はどうしたものか、あまり好きになれぬ。まず、お天気にどうこうと左右されるのが良くない。良くないけれども、どうも。
やはり空は青い方がいい。さわさわと葉が揺れるのもいい。窓から木漏れ日が、限りなくちろちろ揺れるのも、またいい。

猫は小さな体で、よく外を眺めている。なんとなく猫の体臭が好きで、よく、猫に顔を埋めて深呼吸をする。体臭といっても、特になんの匂いもしない。小さな体は脈々とおなじリズムで脈打ち、なんとなく、生きているのだな、と、安心する。もふもふと体毛は柔らかく優しく、ただなんとなく、そこに居る。
近頃、なんとなく、というのがとても多い。なんとなく、というのはとても大事なことだなあと感ずる。そこにただ、流れる、というのか、居る、というのか、その自然さ、それは人工的なものではなく、あくまで自然。そういう‘なんとなく’という感覚は、宝石みたいなものだなあと。もしや秋だからあるのかも知れぬ。きっと秋だから、いつもより書くものにも句読点が多い気がする。足取りは今一度、ゆるりと。踏みしめて。それは、気温とか天気とか、風とか匂いとか、そういうものでどんどんと変化していく、とても繊細なもので、これこそ呼吸をしているようなもの。

‘間’というのは、とても大事なものよなあ。距離というのか、空気というのか。よくわかっていないものを知ったふりしてはいけないなあと、つくづく、人のふり見て思ふ。きっとまだまだ、何もわかっていない。死ぬまでわからぬものを、わかったような顔をして大手を振る人間にだけはならぬよう、それこそ気を引き締めて。痛みを馬鹿にしちゃあいけない。秋風のように優しく。

最近、旅をよくする。そんな私を見て、呼ばれてるんやね、と、母がぽつりと。え、と聞き返すと、「呼ばれてるんやわ、土地に。」と。
呼ばれてるんやわ。だってそんなとこ行ったことないやんあんた。でも行きたいんやろ。呼ばれてるんやわ。

猫が隣で眠り始めた。

また会おう、また会おう、また会おう。

‘待つ’ということが、己の人生の課題であるような気がしている。とんでもなく‘待てない’人間でもないが、‘待つ’ことが得意、というわけでもない。実際に‘待つ’ときにはなんとなく気合いみたいなものが必要で、冷静でいようと意識的に自分をコントロールしているような、どこか装っているような感じがして、その演技に自分が疲れてしまう。きっとこれは、待てていないということなのだろう。本当に何の気なしに、ただ‘待つ’。苦でもなんでもなく、ただ‘待つ’。そこにただ‘在る’。そんなことが出来るようになれば、この命の幾分かの時間がもっと緩やかになるのではないか、と想像している。

朝起きたら私は旅先の沖縄で、ニュースを見ながら‘北海道やばいね’という友人に、寝ぼけてよくわからない返事をしてしまった。彼女が不思議そうな顔をしてこちらを見たので、なんだかまずいことを言ってしまったのかしらと思い、慌ててテレビ画面に目を向ける。てっきり直近の台風の影響で北海道に何らかの被害が出ている云々ということかと思っていたら、全く新しい災害が、一晩のうちにまた起こっていた。

どうしたものだろうか、と思った。南の島で関空浸水の報せを受け取り大阪に帰る便がなくなった昨夜、福岡経由で帰ることにしたところ。実家の被害状況やらを電話でちょこちょこと、旅先で夢を見ているかのような、遠い国の話のような気持ちで、ふわふわと聞いていた。電話口で父母は冷静で、きっと窓ガラスが割れたあの部屋で私に電話をしているのだろうなとなんとなく思いながら、ぼんやりと、でもはっきりと、南の島の夜は更けてゆく。

もう会わないだろうなとどこかで感じている人が確か北海道にいるはずで、地面がひび割れる映像が流れるテレビ画面をぼうと眺めながら、その人のことを考えていた。連絡できないなぁと直感的に思って帰り支度を始める。連絡先もよくわからないし、スマホの充電がなくなるから災害時は無闇に連絡しないほうがいいと聞いたことがあるし。沢山の言い訳を用意して、空港行きのバスに乗る。

那覇から福岡行きの飛行機が飛び立つ直前、やはり気になって試しに連絡してみる。人に連絡をするのは、いつだって緊張する。どんなに機械が発達しても、いつまでもガラス瓶に小さな手紙を入れて海に流すような感覚があって、とても不確かなものであるような気がする。届くかどうか分からない。きっと傷つきたくないだけだから、こんな保険をかけるのだろう。頭では分かりきっているのに、また憂鬱になる。

ごちゃごちゃと考えながら連絡すると、すんなりと返事がきて驚いた。一言二言のやり取りで、もう会わない人はやはり北海道にいて、そこで呼吸している。ほっとした。 なんとなくまた会おうと書きたくなって、そのまま書いた。‘君がもし男なら、僕らきっと親友になってた。’と言われた日のことを思い出した。

この瞬間、‘また会おう’だけがきらきらと光っていて、猛烈に必要な気がした。一向に正解に辿り着かないこの命で、また己を守ったこの命で、きっと己の気休めの為に言ってしまった‘また会おう’が、液晶に浮かび上がる。何が正解なのだろうか。どうすることもできぬ。目頭が熱くなって悔しい。これも全て、偽善なのだろうか。

気づけば飛行機は、もう空を飛んでいた。

喉仏まで見せてよ。

君は会話をする際、度々口を隠した。いつもじゃないけれど、少し口を大きく開けて発音しなければならない音が来るとき、あるいは少し笑ったりするときに、左手の指を柔らかく曲げて、まるで卵を包み込むかのような指先で、しかしぴっちりと指を揃えて、それを口元に持っていく。もう今日はいくつもの言葉を交わしたし、きっと何百個くらいかは単語も繋げたけれど、控えめに、でも圧倒的な存在感のその左手、何度も何度も口を隠すその左手、と、君。

きっと何か隠したいんだろうなとなんとなく勘付いて、それから、隠したい、というのではなく、この人はもう既に何かを隠しているんだな、と思った。一度そんなことに気付いてしまったが最後、会話に集中できなくなってしまって、口を覆い隠すその左手ばかりが気になってくる。ほんの一単語を発語する際に口元を隠したときと、小説にすると二行分くらい喋っている際に口元を隠し続けていたときと、その違いははたして何なのだろうか。そんなことをぼんやりと考えていると、薄く流れているはずの有線のJ-POPヒットチャートの方が大きく聴こえてきたりして、どうしようもない。繰り返し同じ曲順で流れるそれがサザンオールスターズに戻ったころにはもう、何人もの人たちが通り過ぎていった。

阪急電車はごとん、ととん、と。

阪急電車というのはいつだって魅力的である。特に馴染みもないし、時たま京都に用がある時に乗車するくらいなのだけれど、梅田駅付近で‘阪急電車のりば’という案内看板などがちらほらと出てくると、なんとも言えない高揚感が湧き上がってくる。大阪メトロ梅田駅を越え、阪急梅田駅に辿り着いた際の視界の開け方、というのか、メトロの蛍光灯の冷たさから一気に照明が柔らかな、そして紅らんだような印象に変わり、大きな階段がどでんと現れ、太い柱が、あれはなんの石でできているのだろうか、とにかく上質そうな石でできている柱の周りを、たくさんの人が往来している。

阪急電車は地上を走るから街が見え、田んぼが見え、空が見え、光いっぱいに照らされる車両に、停車してまた動き出す際の‘ごとん、ととん’が極め付けである。これが雨の日ならばまた印象が変わるのだろうけれど、本日は快晴なり。たくさんの光が、光に、光を浴びて、みな運ばれて行く。

それに、‘はんきゅう’という、なんともアンニュイで艶のある音の響き!なんなのだろうか、この音は。うまく言葉では表せない魅力が詰まっており、どことなく秘密めいている。

阪急電車で誰かに会いに行ったり、阪急電車で別れの涙を流したり、どうせ生きて心乱されるならば、帰り道は阪急電車が良い。どうしたって、阪急電車が良い。

シャンパンは夜の彼方の。

とても綺麗に髪の毛を結っている女性がいて、彼女は友人とエスカレーターに乗っていた。手に握るスマートフォンにはInstagramらしきアプリが開かれていて、チラチラと光っている。それを眺めながら時たま友人の話に相槌を打つ彼女は、黒いロングカーディガンを着ていたのだけれど綺麗に裏返しに着てしまっていて、洗濯表示タグと首元のブランドタグがヒラヒラと風に揺れている帰り道。彼女はそのことに全く気づいていなくて、頬は少し紅く染まっていたから恐らくほろ酔い気分で、男の話をしていた。小洒落たヒールがカツンカツンと高く鳴って、サラリーマンの背中に埋もれて消え行く洗濯表示タグを遠目に見ながら、私もサラリーマンの背中に埋もれて行く。

隣に座った女は今月3日しか休みがない、と零す。その言葉をだらりと隣の男が受け取って、なんとなく車両に漂い続ける台詞のような言葉たちが耳から離れず、メトロはどんどんとこの肩を揺らして人々を運んでゆきます、運んでゆきます。

今日はたくさんの大人に会った。たくさんの大人はスーツに身を包んでいて、クールビズなんて言ってもやはりスーツはスーツで、糊のきいたカッターシャツの擦れる音がする度になんだか緊張した。私はというといつも通りのワンピースで、なんだかよくわからないまま夜が来て、たくさんの大人がたくさんの汗を流し流し世の中が動いていることを改めて理解したかのような時間があり、衝撃波で動けなくなりそうな夏の終わり。相棒のギターは鳴りに鳴ってくれたけれど、大きな声で歌えたけれど、正解なんて分からない。きっとそんなもの永遠に分からないのだろう。夜は私たちに平等に影を落として。

まる、てん、加速、イ、ロ、ハ。

過去に引き戻され苦しむ瞬間があって、それは本当に些細なきっかけで思い出され、またかと、憤りに震える。またお前か、と、まだ顔を出してくるのか、と、いい加減にしてくれ、と、怒鳴られ続けた日々を越え、血走った眼、欲吐き捨てられ続けた日々を越え、やっとここまで生き延びたのに、また同じような瞬間、場所が変わり、人が変わり、また同じような瞬間、また、また、その根源に居るのはいつも同じ顔で、もう思い出されず、青白い死んだ陶器のような肌に、目元口元は永遠にモザイクがかかったかのような映像が繰り返し脳内で再生される、震える、南海電車が走っていた。裸の線路に飽きることなく電車は行ったり来たりしていて、頼りない錆びた柵と、その上の有刺鉄線も錆びついて、ホームで待つ人だかりに見下げられながら、自転車を漕ぎ続ける、雨の匂いがした、と思った途端に本当に雨が降って来て、小粒だったのがだんだんと大粒になって来て、それは毛髪を搔い潜り頭皮にじっとりと降り注ぐ、一粒、一粒、ぼつり、ぼつり、と、その度に、頭をどん、どん、と殴られているような気がして、空から降る匂いに一一苛立つ。街の暗がりは刻一刻とこの存在を隠すように、しかし走り抜ける電車の前照灯に時たま照らされ、どこまで見透かされているんだろうか、怯えたがあっという間に通り過ぎまた闇夜に飲み込まれ、この肉体も全て飲み込まれたのだろうか、自転車の籠に付けた百八円の前照灯もどきが頼りなさ過ぎて、光って、踏切が、学生時代の八時十二分を思い出させ、この踏切を渡れば、渡りさえすれば君に会えると走り続けた青さが、鮮やかに闇夜に蘇る。そんな瞬間と、年を重ね体得してきたイロハたちと、確実に死んでいった精神と、それでも続く生命、生命、生命、甘えるなとどこからかまた罵声が飛んできて、己が選択したのだと、気付かなかった、見抜けなかったお前のせいだと、加速する欲まみれのバケモノはモザイクで、止まらないバケモノはますます声を荒げ、もうやめてくれと藁にもすがる思いで上を向く。空っぽが、あの街より確実に広くて、電線の数は圧倒的に少なくて、私はまだ、自転車を漕いだままで、どこに向かうのだろうか、何度も苛まれる記憶に怯えながら、どこに向かうのだろうか、また踏切を越えて、それでも道は続く。

鏡越しに君、その向こうに踊り子。

猫は夜中に目覚めてはこの部屋を徘徊し、気まぐれににゃあと一鳴きする。悪い夢を見るたびそちらで叫び、と同時にこちらでも叫び、自分のうめき声で飛び起きる私は、豆電球の明りの中で猫と目が合う。ピアノの上でじっとこちらの様子をうかがう猫は、しばらくするとべたっと横になりまた眠り始める。彼は眠りたいときに好きな場所で眠り、退屈になると人間に近寄ってきて顔を擦りつけ、飽きれば人間らの手を小さく噛みどこかに行き、気付けばまた足音もなく隣で眠っていたりする。朝になると窓辺で庭の花木を眺め、哀愁を帯びた背中で時たま尾を揺らす。何を見ているのかと問うても、こちらを一瞥するだけでまた外を眺める。何かを思い出しているかのような横顔に時が止まる束の間、生ぬるい風が吹く。

蝉の声が入り込んだ歌の仮音源を送ったのだけれど、それを使っての踊りのリハーサル映像を送っていただいた日があった。私がこの場所で録音したものが遠くの地のスピーカーから流れていて、そこにはもちろん蝉の声も入っているのだけれど、確かにこの場所で録った自分の声が流れていて、どうしたものか、改めて、あるいは初めて感じるような感動の渦に巻き込まれた。私はこの場所に居て、彼らはあの場所に居て、確かに同じ時を生きているのだ。電波というものに感謝すればよいのか、テクノロジーというものに感謝すればよいのか、はたまた先人たちが行き着いてくれた跡々に感謝すればよいのか、とにかく文明を創って来た多方面の方々に感謝したいと勝手に盛り上がってしまって、まずそれ以前に彼らの生きる踊りに感動したのは言うまでもなく、気持ちが溢れては何度も見、それからまたたくさんの踊りを、今度は動画共有サイトで小さな画面越しに見続けた。出会った踊り子たちが、大阪メトロの中でも確かに踊っていて、その呼吸も、指先一本も、生きている。踊りはいつだって美しい。いつ観ても思うけれど、このターンは、このステップは、この踊り子にとって何万回目のものなのだろうかと思うと途方もなく、目頭が熱くなる。次にこの目で直接観られるのはいつになるのだろうか、彼らに会えるのはいつになるのだろうか、目撃したい、目撃しなければならない芸術に恋い焦がれて、メトロは走り続ける。

旅人が最後に愛したのは踊り子で、私はその人を知らない。この街のどこかに居るのかもしれないけれど、知る由もない。そんなことをふと思いガラスに映るこの分身に見つめられ、気付けば終着駅か。

連れて、帰りし、夏の夜。

歌うために旅人の部屋に忍び込んだのは夕刻過ぎだった。近所迷惑になるといけないので、歌うときはいつだって部屋中の窓を閉め切る。汗が背中から流れ落ちる頃窓を開け放つと、大きな風が一斉に吹き込んできて白いカーテンが揺れた。風がそれを揺らすのを眺めているときが、世界で一番幸福な時間かもしれない。とても穏やかな気持ちになって、生きていてよかったと思う。網戸の向こうにやって来た名前のわからない虫や、生き続ける写真たちにうつる瞳と見つめ合うこの部屋が、自分が今までこの場所で感じていたあらゆる瞬間よりも確かに平和で、やっとここまで来たなと、突然言いようのない幸福感と安堵感に包まれてしまって、危うく泣きそうになった。

父はこの時期に生まれた人で、しかし自分の誕生日には無頓着だった。夏の流星群がやって来て、彼らは毎年飽きることなく父を連れていってしまう。決まって主役が不在の誕生日、私は母と二人で近くの田んぼまで歩いて行って星を見た。お父さんも今空見てるんかなあ、ここでは曇って星見えへんなあ、ほな帰ろか。母と寝ぼけ眼で二言三言そんなやり取りをして家に帰る幼き夏の午前二時過ぎ。サンダルの底が地面にこすれる音だけが響く。

父に火星を見ようと誘われた。屋根裏部屋にあった小ぶりな望遠鏡をベランダに出したと言っていた。そんなんで星見れんの、見れる見れる、今日曇ってるやん、もう火星出てるで来てみい。半信半疑でベランダまで足を運んだ。広いとは言えないベランダにそれはどんと置かれていて、物干し竿にかかったままのランドリーハンガーに頭をぶつけながら望遠鏡をのぞく父の姿は少年そのものだった。火星を見て、土星を見て、木星を見て、また火星を見た。父がこんな仕事をしているのにも関わらず、私は天体のことが少しもわからない。幼き頃、星はいつも父を奪っていくものだった。父と星を見る日が来るなんて思ってもみなかった。