君は会話をする際、度々口を隠した。いつもじゃないけれど、少し口を大きく開けて発音しなければならない音が来るとき、あるいは少し笑ったりするときに、左手の指を柔らかく曲げて、まるで卵を包み込むかのような指先で、しかしぴっちりと指を揃えて、それを口元に持っていく。もう今日はいくつもの言葉を交わしたし、きっと何百個くらいかは単語も繋げたけれど、控えめに、でも圧倒的な存在感のその左手、何度も何度も口を隠すその左手、と、君。
きっと何か隠したいんだろうなとなんとなく勘付いて、それから、隠したい、というのではなく、この人はもう既に何かを隠しているんだな、と思った。一度そんなことに気付いてしまったが最後、会話に集中できなくなってしまって、口を覆い隠すその左手ばかりが気になってくる。ほんの一単語を発語する際に口元を隠したときと、小説にすると二行分くらい喋っている際に口元を隠し続けていたときと、その違いははたして何なのだろうか。そんなことをぼんやりと考えていると、薄く流れているはずの有線のJ-POPヒットチャートの方が大きく聴こえてきたりして、どうしようもない。繰り返し同じ曲順で流れるそれがサザンオールスターズに戻ったころにはもう、何人もの人たちが通り過ぎていった。