脳みその汗が、滴り落ちたんだ。

静かに草木が呼吸している。まるで内緒話をしているようだ。闇はもっと濃くなって、この液晶画面はもっと光って、小さな虫たちが寄ってくる。夜が来た。
夜はどちらかと言えば好きではない、かもしれぬ。早起きの方が得意だ。父が昔から朝早く仕事に出掛けていた影響だろうか。遠くの方で玄関のドアが閉まる音が聞こえる紫紺色の朝。うっすらと目を開けて、また閉じて、また開ける。どこかで車はもう走り始めていて、時折天井にヘッドライトか何かが反射する。反射した影にはいくつかのリズムがあって、よくそれを目で追っていた。そうすると眠れなくなって、感覚が研ぎ澄まされてゆくのを感じる。静けさの中に生まれる音にびくついて、あるはずのない人の気配に怯えるような子供だった。

歌えない時期があった。相棒のギターを触るのも億劫で、次第に埃が積もっていった。ただ窓の外を眺めるばかりで動けない。空は青すぎて、空っぽだった。何の音もしない。いや、聞こえないはずの声ばかりが聞こえて、耳をふさいでもそれは鳴り続けた。寝ても覚めても、鳴り続けた。

歌を作ることはいつから始めただろうか。どうしても越えられない哀しみがあって、気付けばYAMAHAの初心者セットのギターを弾いていた。高校時代に家の近くの楽器屋さんで買った一番安いもので、始めてすぐに挫折したギターだった。選択の連続に、そんな等しく当たり前の日常に、どう呼吸していこうかと確かに戸惑っていた。「どんなに出会い、どんなに別れ、この心を身体を奪われたとて、あんたが創った作品だけは、あんたの一生の友達よ。誰も奪うことのできない、決してあんたを裏切らない、唯一無二の親友よ。」と誰かが言った。心底納得して、まるで頭を殴られたような気がした瞬間だった。すぐに歌を作った。息のできぬような別れの夜も、越えられぬような沈黙の朝も、歌を作った。

 

歌を作った。歌を歌った。涙が出た。歌を作った。完成した。涙が出た。私はよく泣くけれど、悲しくて泣いてるんじゃない。涙は脳みそから滴り落ちる汗だ。走って、走って、苦しくて、走って、走って、息が上がって嬉しくて、泣いてるんだ。生きてるから泣いているんだ。

脳みその汗が、滴り落ちたんだ。

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