ひと針の楽園。

蓮の葉が一斉に揺れた。風に吹かれ波打ち、どこまでも続く。雲がいつもより低い気がする。風はごうごうと唸っていて不気味だ。もうすぐ雨が降る。

口内炎が沁みた。いつの間にかできていた小さなそれは、水を口に含むたび痛む。無意識下で出来た傷の方が、意識下で出来るそれよりもじわじわと痛む。どちらももちろん痛いけれど、不意を突かれることの方が痛みが増す気がするのは私だけだろうか。厄介なのは、無意識だということ。どうにもできない。
そういうことは生活でもよくある。歩み寄ろうとするものと、己を貫き通そうとするもの。正義とは何なのだろう。

母のアトリエで刺繍をする時間が増えた。刺繍のことは何もわからないけれど、集中すると気持ちが良い。わからないなりに針を進めていくと、白いシャツにだんだんと何かが現れてくる。気の向くままに縫えばいいよと母は言う。このキャンパスは限りなく自由だから、と。私はざくざく縫う。どこに向かうかわからずに縫う。いろいろ知るのは後でいい。まずはこのひと針から縫い始めよう。

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