寝惚けも腹も天井、向けまっせ。

「暑い、暑い。」と誰もが承知していることを、それでも口に出さずにはいられないこの夏。日中に自転車に乗ったら最後、一漕ぎした途端にもう外出を後悔する。暑さに顔をしかめ、漕ぎ続けなければならぬのは地獄への道か。まるで台所で肉じゃがを煮ているときに立つ湯気にわざわざ顔を近づけて、熱すぎる蒸気を鼻の穴で一心に受け止めているような感じ。人中はひりひりとして、鼻腔はいがいがとして、空気そのものが厚ぼったく重い。どうせなら肉じゃがの香りがすればよいのにと思うが、‘無臭’かつ‘熱すぎる’空気がまたこの鼻の穴に潜り込んできて、車輪が回るごとに額から汗が噴き出す。体中に駆け巡る熱と照りつける太陽に嘲笑されているかのような午後四時。

家に帰ると猫が眠っていた。少し前まで母のアトリエに適当な隙間を見つけて昼寝することが多かったが、近頃はもっぱら玄関近くの廊下にどてっと横たわり、人目も気にせず眠っている。彼が昼寝をする場所はその日によって、また時間帯によって少しずつ異なっていて、おそらくその時一番風の通りが良い場所を見つけて眠っているのだろう。ここだと決めたら、頭上を何度人間の足が飛び越えようが決して自分から動くことはない。その意思の固さには尊敬の念を抱くほどである。
しばらく彼を眺めていると、こちらの視線に気付いたのかうっすらと目を開ける。特に何か言いたげな様子もなく、ただそこで静かに呼吸をしてまた眠る。私が廊下の先にある和室でギターをぽろぽろと弾き始めると、少し体を持ち上げてこちらを見つめ、耳を小さく動かしなんとなく聴いている。こちらが弾くのをやめると、もぞもぞと腹を天井に向けまた眠り始めたりする。
次に猫の姿を探したころ、薄暗い廊下のあの場所は空っぽになっていた。ゆるりとした空気だけを残して、彼はどこかへ行ってしまったらしい。明らかに何かが欠けて寂しくなった暗がり。試しに彼のいた場所に寝転んで天井を眺めてみる。同じように寝転んでみても、この大きな図体が人間であるとはっきり叫んでいて、当然ながら猫にはなれない。少し首を傾けて向こうの方をみると、いつもと違う角度から見るいつもと同じ壁が夕日に染まっていた。フローリングを張った床はひんやりとして気持ちがいい。たまには廊下に寝転ぶのも悪くない。

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