うどん啜りゃ、あたしゃ。

残酷なものよなぁ。

と、目の前でうどんすするサラリーマンがぽつり言うので、雨降る外眺める新橋、目逸らし、午前九時。

‘立ち食いうどん’にきっと初めて訪れたあたしゃ、うどん屋に訪れたことはあるけれども立ち食いうどんは初めて、で、朝からうどんを喰らいたいと思い歩む街で見つけたうどん屋の店内は、ピークを過ぎた静けさ寂しさ。あたしの後から入る殿方はスーツ姿で、慣れた手つきで朝定食を注文するのに、あたしゃなんだかんだと慣れん手つきで、店員の殿方との距離感もどことなくぎこちなく、かしわの天ぷらに笑われたなこりゃ。ほんなら君も食べたるわ。そいつも一緒に盆にのせのせ、煙の向こうに溶ける厨房のタイマー眺めてみたり。レジ担当の殿方も会計前に面倒くさそうな、この立ち食いうどん屋の勝手を分からぬまま朝から乗り込んできたあたしを目の前に、苦い顔して、それでも割り箸をぽんと器にのせてくれたさり気無い心遣いに、この心持ち直す単純さ。そうそう、あたしゃ割り箸もどこにあるか気付かんかったから。優しいなぁおっちゃん!と、やはり易々と持ち直すこの心の単純さをコメカミに引き摺ったまま、背の高い黒テーブルに歩み進める。

何を血迷ったか、例の後から入ってきたサラリーマンの鞄が置いてある目の前の席を陣取ってしまって、しまった、と思ったがもう手遅れ、ほかほかのうどん乗せた盆を持ったサラリーマンが戻ってきてしまった矢先、誰もさして気にしていないだろうに‘今ここで場所を変えるべきかあたし、嗚呼わざわざこんな、他に余るほど席があるのにここを選んでしまったあたし、朝一番の殿方の食事をストレスフルに仕上げてしまうかもしれぬこの眼前のあたし…’と、脳みそのあちこちから悲鳴が上がる30秒、ののち、結局席を変更できぬまま、いただきますと手を合わせる立ち食いうどん。

ちろちろと、どことなくお互いを見ないように、しかし盗み見ながらうどんをすする殿方とあたし、あたしゃ見てないよ、外は雨やねぇ、なーんて澄ました顔でうどんのつゆすすってたら、またかしわの天ぷらが笑てきたから腹立たしく、だまりんしゃいと一気に半分齧ったった。そうこうしてたら殿方はぽつりと、

残酷なものよなぁ。

と。

はっと殿方の顔覗けども、彼は変わらずうどんすするだけ。一体どこから聞こえたんやろかあの声は。そちらの方から確かに、物凄い説得力で迫り来るそいつ。時折殿方はあたしを見て、またあたしが殿方を見て、目が合う前に二人して外を見て。見知らぬ人とたまたま共に食す立ち食いうどんで、こんなに会話があるとは。感心しながらうどんのつゆを呷って、お椀越しにまた眺む。

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