燻らす25秒と、マシュマロについて。

長月の終わりごろ、憂鬱な曇り空ひろがる夕刻過ぎの新宿で真島路さんと出会った。新宿アルタの裏通りにある雑居ビルの喫茶店にさらりと現れる彼女に驚いて、僕は思わず下を向く。履き潰したスリッポンの爪先の汚れが気になって仕方がない。他の客の笑い声が遠くで耳障りに響く。どうしようか、と思う。どうにもできないな、と思う。もう何も隠せないな、とも、思う。

彼女はチョコレート入りのマシュマロみたいな人で、寄せては返す穏やかな波のように話し、ときどき、静かに笑う。一見甘くてふわふわとしているように感じるけれど、本当は真ん中のチョコレートに鋭い刃を隠し持っているんだと思う。その刃はいつだって丁寧に、丹念に、彼女によって日々研ぎ澄まされているのだけれど、決して不要に他者を傷つけたりはしない。それはあまりにもしなやかに、さりげなく、いつの間にか、美しく迫ってくる。あの25秒もそうだった。

彼女の25秒は煙のようだ。誰かいるなと思って振り返ると、そこには誰もいない。また呼ばれた気がして何処かを見るけれどなにもなく、今度はうっすらと甘い香りが鼻腔をくすぐる。香りの先にはゆっくりと立ち昇る煙が見えて、どうにか手を伸ばすが掴めない。あきらめた手の平にははっきりと残り香が漂って、静寂は続く。僕はまた、振り返る。

25秒で猫は欠伸をして眠り、僕は旅人の真っ白い骨を思い出す。世界で一番美しいその白は、窓から降り注ぐ光に照らされて、ますます白く輝く。真島路さんの25秒は、きっといつだって、僕たちを妖艶に惑わす。

喫茶店を出ると空は泣き出していて、僕の頼りない折り畳み傘で二人して駅まで向かった。

 

雨に濡れてはいませんか。

 

彼女は僕に静かに問う。僕の片方の肩はすでにしっかりと濡れていて、それでも雨は降り続ける。地面に落ち跳ね返ってくるそれが、もう足の爪先まで染みてきてじんわりと冷たい。この瞬間だけは永遠か。彼女の横顔を盗み見る。

彼女さえ雨に打たれなければそれでいい、そう思った。

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